皆さんこんにちは、更紗(さらさ)です。
今回は【働き方と健康格差】シリーズ第三弾(最終回)です!
シリーズ①は主に「健康格差が生じる要因」について、シリーズ②は主に「職域における対策」についてでしたが、
シリーズ③は主に「マクロレベルの対策」および「健康格差対策7原則」についてまとめています。
参考文献は引き続き、『健康格差社会への処方箋』(著:近藤克則、出版:医学書院)です。
膨大な研究内容がコンパクトにまとまっていて、初めて社会医学を学ぶという方にもオススメの一冊です!
私たちが生きている社会に、健康格差があることは事実です。
医師は、そんな社会の中で自らの健康を犠牲にして働く当事者であると同時に、健康格差対策を実践していく立場でもあります。
今回の記事では、最低賃金や貧困率など、医師である皆さんにはあまり関係がない内容も含まれていますが、皆さんが健康格差対策に携わる時には、必ず必要になる知識です。
是非ご一読ください!
皆さんこんにちは、更紗(さらさ)です。皆さんは、ご自身が「健康的な働き方をしている」と思いますか?一般的な臨床医は、下記のような働き方をしています。皆さんの中にも、当てはまる方がいるのではないでしょうか。慢性的な長時[…]
マクロレベルにおける対策
健康は、どこまで自己責任で決められるのでしょうか。
例えば低賃金のワーキングプア(働く貧困層)の人たちは、真面目に働いても収入が生活保護の水準にすら達しないストレスにさらされています。
しかし、人件費を削って競争力を高めなければ、企業自らが吸収合併されてしまいます。
そのような厳しい市場環境の下で、法定の最低賃金よりも高い額を喜んで支払う企業がどれほどあるでしょうか。
これらのことから分かるように、健康に影響するのは、個人(ミクロ)レベルや企業・コミュニティなどメゾレベルの因子だけではありません。
税制や法による規制の在り方など「国や社会のありよう」というマクロレベルの要因も、間違いなく健康に影響を及ぼし、健康格差の原因となっています。
<補足>
2007年、最低賃金法が改正されました。
「最低賃金で稼いで得られる所得」よりも「生活保護費で得る生計費」の方が大きくなるという逆転現象の解消が考慮されたため、2007年以降、生活保護費が最低賃金に対して大きい都道府県で最低賃金が大幅に上昇しました。
2023年時点で逆転現象が起こっている都道府県はありません。
労働・雇用政策―「ニート」って言うな!
ニート(NEET)とは、Not in Education, Employment or Trainingの頭文字をとったもので、学生でもなく、仕事をしてもおらず、職業訓練も受けていない若者を意味しています。
それは、「不登校」や「ひきこもり」に近いイメージで語られ、「働く意欲がない人」とみなされています。
そのため、ニートになった若者とその家族に責任を負わせる論調があります。
しかし2006年に「労働市場の側の問題に目をつむるな」と警告を発し話題になった本があり、そのタイトルが『「ニート」って言うな!』だったとのこと。
この問題が若者側の責任だけでないことは、「勝ち組」若年層の頂点にいるとみなせる東大生の意識調査からも伺えます。
東大生ですら「フリーターになるかもしれない」「ニートやフリーターになるように思う」を合わせると28.3%にも上り、「ニートやフリーターを生む現在の社会に責任がある」と35%の人が感じていました。
正規の仕事に就くということは、単に収入を得ることだけでなく、社会保険制度への加入や能力開発、人間関係、将来の見通し、結婚して家族を持つことなどの可能性を広げます。
低所得・職業性ストレス・社会サポートなどとの関係を考えると、正規雇用は健康にとって有利に、非正規雇用は不利に働きます。
正規に雇用されないと、潜在的能力を開発するチャンスを奪われ、乏しいスキル(技能・技術)、差別、失業、低所得、貧しい住居、ホームレス、犯罪、家庭の崩壊、そして不健康など一連の問題群に陥ります。
若年就労問題は「労働市場の設計」の問題であり、社会政策の課題なのです。
相対的貧困率と最低賃金
OECD対日経済審査報告書(2006年)によれば、日本の相対的貧困率は13.5%で、OECD平均の8.4%を大きく上回り、アメリカ(13.7%)に次いで高い国になってしまいました。
その後、徐々に上昇を続け、2012年には16.1%にまで増えています(厚生労働省「国民生活基礎調査」)。
企業側は、最低賃金を引き上げれば、国際的な競争に負けてしまい雇用の確保ができなくなると主張します。
例えば2007年5月22日に公表された政府の規制改革会議の報告書では、最低賃金の引き上げに反対していました。
しかし、最低賃金の国際比較をみると、日本の最低賃金の水準は、競争相手の先進諸国よりかなり低く、
国連の経済的、社会的及び文化的権利に関する委員会の見解(2013年5月、外務省仮訳)で
「(日本では)最低賃金の平均水準が最低生存水準及び生活保護水準を下回っている」と指摘されたほどです。
パートタイム労働者の賃金水準も、フルタイム労働者の7-8割のヨーロッパに対し日本では6割弱に留まっています。
皆さんこんにちは、更紗(さらさ)です。今回は【働き方と健康格差】シリーズ第二弾です!シリーズ①は主に「健康格差が生じる要因」について、シリーズ②は主に「職域における対策」についてまとめています。参考文献は引き続き、『[…]
ワークシェアリング 医師の働き方改革でも注目
ここまで述べてきた非正規雇用や失業は、健康には良くありません。
一方で、正規雇用されリストラを免れた日本の労働者には、過労死するなどの長時間労働がみられています。
これらの問題を同時に解決する方法として注目されているのが、ワークシェアリングです。
労働時間を短縮すれば、雇われる人がもっと必要になるので、失業率は下がります。
雇用機会を分け合う(シェアする)ことで、ワークライフバランスのとれた生活が可能となり、
子育て中の女性が仕事に就きやすく育児参加できる父親が増えることは、少子化対策としても期待できます。
子育て中の母親が、短時間労働でも社会保険に加入できるようになれば、将来の生活に見通しが持て、社会保険料の担い手も増えます。
オランダでは、労働者側・使用者側・政府が協議して、短時間労働者の社会保険加入を実現しました。
個人や一企業の取り組みでは困難でも、政府や社会として、このような社会政策を採用することは可能なのです。
医療界はこれまで、医師に権限を与え過ぎていたと思います。
これからは、医師個人ではなく、医師と他職種のチームで医療行為に当たれるようになるといいですね。
一般企業では既に始まっている時間外労働の上限規制が、2024年4月から医師にも適用されます。これを受け、医師を含む医療従…
健康格差対策のための7原則
ヨーロッパの国々における健康格差対策をまとめたMackenbachは、その最終章で、国による取り組みの差をもたらしているものが3つあると述べています。
それは、データ・研究・政治的意志です。
データや研究は十分条件ではありませんが、必要条件です。
データや研究により「健康格差がある」と国民が気づくまで、政治的意志は生まれないからです。
では、その必要条件を整えることができるのは誰でしょうか。
国民の各階層の健康状態、健康の社会的決定要因、ポピュレーションアプローチ、政策評価などに関わるデータ蓄積と研究の担い手は、保健医療・公衆衛生専門職をおいて他にありません。
そこで、健康格差対策に取り組む専門職のために近藤先生がまとめてくださったのが、下記「健康格差対策の7原則」です。
<健康格差対策の7原則>
【始める】ための原則
第1原則 「健康格差を縮小するための理念・情報・課題の共有」(課題共有)
—日本にも是正・予防すべき健康格差がある。知って、シェアして、考えよう。
【考える】ための原則
第2原則 「貧困層など社会的に不利な人々ほど配慮を強めつつ、すべての人を対象にした普遍的な取り組み」(配慮ある普遍的対策)
—バラマキではなく、逆差別でもない、最善の方法は?困っている人ほど手厚く、でもみんなにアプローチ。
第3原則 「胎児期からの生涯にわたる経験と世代に応じた対策」(ライフコース)
—不健康・貧困・排除は生まれる前から始まっている。胎児期から老年期までみて先手を打とう。
【動かす】ための原則
第4原則 「長・中・短期の目標(ゴール)設定と根拠に基づくマネジメント」(PDCA)
—場当たり的では効果がみえない、説明できない。目標と計画、根拠をもって進めよう。
第5原則 「国・地方自治体・コミュニティ…それぞれの特性と関係の変化を理解した重層的な対策」(重層的対策)
—国・自治体・コミュニティ…それぞれ得意なことは違う。国・自治体・コミュニティの強みを生かそう。
第6原則 「住民やNPO、企業、行政各部門など多様な担い手をつなげる」(縦割りを超える)
—縦割りはイノベーションの壁である。縦割りを超えて広げよう。
第7原則 「まちづくりを目指す健康以外の他部門との協働」(コミュニティづくり)
—会社もお店も学校も巻き込んで。みんなでイキイキまちづくり。
より詳しい解説を知りたい方は、医療科学研究所の資料が公開されていますので、下記よりご覧ください。
https://www.iken.org/project/project01/files/17SDHpj_ver1_1_20170803.pdf
まとめ 『健康格差社会への処方箋』を読んで
本書を読み、健康格差の縮小のためには多方面から複合的な対策が必要であることが明らかになりました。
私は社会医学者として健康格差のない社会を望みながら、そのあまりにも遠いゴールに強い無力感にも苛まれました。
しかし近藤先生は、「国民の健康を守る専門職として、意志を持って、できることから始めよう」と激励してくれています。
私はとても嬉しかったです。自分にできることを少しずつ実践していきたいと思います。
臨床医である皆さんも、まずはご自身の働き方を見直し、ご自身を救ってあげてください。
臨床医の皆さんが、より健康的に働けるようになることを、心から願っています。